君以外に好きな人ができた。
私はただ、絵梨って呼んでくれる人がほしかったの。




屋上から見える体育館には明かりが灯り、騒がしい音楽が漏れていた。
その明かりはピンクになったり、赤になったり・・・
まだ始まったばかりの学園祭の後夜祭をただぼぅっと見ていた。

これを世に言う、サボリ・・・と言うのだろう。
絵梨には初めての経験だった。
その初めてのサボリが後夜祭という重要な行事と言うのもなんとも微妙な気持ちだった。
絵梨は確かに、真面目な方だが別にスカートが長いわけではない。
そこは普通の女子高生と同じだ。
サボリも悪くない・・・そう思ってしまった自分が笑える。
そんな事今まで一度も思ったことも無いのに。

それはきっと、自分がそこまで落ち込んでいるから。

今朝だった。
彼氏にフラれたのは。
高1の夏に塾で出会い、そして今日まで付き合っていた彼氏。
付き合い始めたのが夏だったのでやっと文化祭に呼べる。
今日10時に学校最寄り駅の時計の前でね。
そしてその約束の場所に約束の時間にきたのは彼1人ではなかった。
女も一緒だった。
彼は言った。

新しく好きな人ができた。

もう君とは付き合えない。

彼はそう告げてその女と去っていった。
塾では絵梨がもう上のクラスに進級しまったので、
顔をあわせて気まずい・・・なんてことは無いだろう。
ただ悲しかった。
絵梨...そう呼んでくれる人がまた1人少なくなってしまった。
生徒会役員の絵梨が学園祭の日に落ち込んでる。
そんなのダメだと思い、頑張って元気なふりをしていたものの・・・
さすがに親友の佳穂にはばれた。
それでも・・・彼女に打ち明け切れなかった。
悲しみの全てを。
苦しみの全てを。
大丈夫。
その一言しかいえなかった。
その一日中、笑顔でいるしかなかった。
その思いが絵梨をサボらせたのだった。

ギィ...扉の開く音だった。
反射的に振り向く。
もし先生だったら・・・


「あ・・・芦野君?」

その金髪が目に入った。
廊下ですれ違うことはあった。
かすかに香るコロン。
さすがハーフ・・・と言うべきなのだろうか。
それとも、よく噂に聞く女関係の話。
いろんな人と町を歩いているのが目撃されている。
それは同学年だったり、時には年上・・・

「芦野君もサボリ?」
「生徒会のエリートの柳田サンがこんなトコにいていいんデスカ?」
「いいじゃない。生徒会役員だってサボリくらいするわ。」

初めてとか。
クールな感じでちょっとその皮肉がかった言い方。
それがまた女を誘うのだろうか?

「後夜祭にでる気分じゃないの。」

沈黙。
その後夜祭の音楽が耳につく。

「あんた・・・フラれたってホント?」

再び沈黙。
芦野隆司は体育館を見たまま。

「なんで知ってるの?」
「女子が話してた。駅前で・・・とか。」
「あんたの彼女が言ってたの??」
「違う。」

また沈黙。

「塾で知り合った人。同じ学校かなぁ?好きな人ができたんだって。」

相変わらず芦野隆司は体育館を見つめたまま。

「初めてフラなぁ。ってはじめて付き合った人だけど。・・・って芦野君に関係ないわよね。
 アイツと私にはそれだけだったってコト。別に気にしてないしいいんだ。」

ふふふ・・・1人で笑う絵梨。
その言葉には嘘が含まれていた。
本当は・・・
寂しい。
悲しい。
私はまた1人になってしまったから。


「慰めてやろうか。」

初めてこっちを見る。
その目はじっと絵梨を見ていた。

「どういう意味?」

そのまんま。
彼はそういってまた体育館を見る。

「冗談辞めてよ。体だけなら辞めてくれる?私そんなに軽い女じゃないんだけど。」

そんなたいしたもんじゃないよ。
彼は立ち上がり、絵梨の前にしゃがむ。

「俺も落ち込んでるんだよね・・・」
「なに?女?」
「そう。やっぱ高校生なんかただのガキなんだよな。」

絵梨にとって芦野隆司のその一言は以外だった。
そんなふうに思っている人もいるんだ・・・と。

「慰めてもらうんだったら他の女のところでもいいじゃない。
 あなたにはたくさんいるんじゃない?」
「あんたが。悲しそうだったから。」

この人が、本当にあのプレイボーイな男なんだろうか。
それともこれが手なのだろうか?

「そんなこと・・・」
「別に無理矢理とかしないから、俺。
 たまにはあんたみたいなのも良いかなぁ・・・って」
「喧嘩売ってるの?」

じっと絵梨を見る目。
そして言った。

ハンブンマジメ
ハンブンウソ

すいこまれそうな蒼い目。
それは、同じものを感じたから。
物寂しい目。

「その目で女をさそうのか・・・」
「なんだよ」

その時はどうかしていたのだろうか。
自分からキスをする。
深い、深い...ただお互いを確かめあうキス。
たとえ体だけでも。
自分を必要としてくれるのなら。




「なんなのよ、もう。」

日陰に座る。
心配そうな顔で佳穂が顔を覗き込む。

「大丈夫だから。」

自分でも何故思い出したのか解らなかった。

「なら・・・いいけど。」


セックスフレンドがいる。
しかもそれは学校一のプレイボーイ・不良的存在。
絵梨は親友にすらそんな事言えなかった。



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